水彩や色鉛筆で描き出す、小さな島の美しい情景。 余韻ラジオ
画家の田嶋里菜さんは、美大在学中に丸亀市の小手島で滞在制作を経験し、現在は人口20人ほどの手島に暮らしています。島の穏やかな自然の中で制作を続ける田嶋さんは、水彩や色鉛筆、オイルパステルやアクリル絵の具など様々な画材を使い、やわらかく幻想的な作品の数々を制作。そこには、島時間で出会った景色や心情がやさしく描き出されています。島暮らしが制作に与えた影響や、鮮やかな作品群が生まれるまでの様子、島のお気に入りの景色などについてお話を聴きました。田嶋さんの作品はアートギャラリーから、お話に登場したスポットはしまれびマップの黄色いピンからご覧ください。
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島暮らしのアナウンサー
まな


島暮らしのアナウンサー
まな
横浜出身。学生時代に訪れた瀬戸内国際芸術祭をきっかけに島に惚れこみ香川に移住・瀬戸内海放送に入社し、島のアート・伝統文化・生活など幅広く取材。2024年春から念願のプチ島暮らしを開始。
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手島在住
田嶋 里菜さん


手島在住
田嶋 里菜さん
静岡出身の画家。大学時代に全国の美大生が丸亀市の離島で滞在制作を行う「HOTサンダルプロジェクト」に参加し、小手島(おてしま)で滞在制作を経験。東京での就職を経て、2019年にさぬき広島に移住。島の穏やかな自然を通じて生まれた心情を水彩や色鉛筆などでやわらかに描き出し、丸亀市市制施行20周年記念ポスターやさぬき広島の港の看板なども手掛けている。2025年には人口20人ほどの手島(てしま)へ拠点を移し、島時間の情景をやさしく鮮やかに表現している。 インタビューはこちら
何か特別なことが起こらなくてもいい。ふとした日常を美しく感じるのが島の魅力。
香川県丸亀市の沖合に浮かぶ人口約20人の離島・手島(てしま)で暮らす、画家の田嶋里菜さん。瀬戸内の島との出会いは、大学3年生のときでした。
「全国の美術大学が丸亀市の離島で制作に取り組む“HOTサンダルプロジェクト”に参加して、手島の隣の小手島(おてしま)で約1カ月の滞在制作をしました。その後東京で会社員として働きましたが、ずっと瀬戸内の海のイメージが自分の中に残っていたんです。それで、だんだん島に戻りたいなと思うようになって、大学の先輩がすでに移住していた丸亀市のさぬき広島に移住することを決めました。それから約6年の間広島に住んで、2025年の春に手島に移りました」
島から離れてもなお、田嶋さんの心に残り続けた瀬戸内海のイメージとは、どんなものだったのでしょうか。
「大学3年生ではじめて四国に来て、最初は瀬戸大橋から見る景色に感動しました。それは今でも変わらず、橋を渡るたびに心からきれいだなと感じます。それから、小手島にいたときに住んでいた場所から見える海。静かな海が広がっていて、そこに小さな島々や船がぽこぽこ浮かんでいる穏やかな風景が印象に残っています」
「祖父母が静岡の田舎で畑をしていて、元々そういう場所で絵を描けたらいいなと思っていたくらい、田舎への憧れはあったんです。それが今は、人口20人未満の島に住んで絵を描いている――自室で絵を描くときは目の前の窓から海が見えるし、ほかの窓からは山の緑も見える。とても素敵な環境だと思います」
会社員時代も絵を描いていたという田嶋さんですが、島暮らしを始めて作品に変化はあったのでしょうか。
「少しずつですね。私はパッと見てすぐ絵にできるタイプではないので、時間をかけて少しずつ島のいいところを自分のなかに溜めつつ、自分の体を島に慣らしながら描いていった感じです。今日の空は高かったなとか、季節や時間によって海の色はこんなに違うんだとか、そういう感覚を大切にしたい。そして、木々のこもれびや雨上がりのきらめきといったささやかな輝きを表現していけたらと思います」
「手島のお気に入りスポットは、西浦海岸。夕焼けがとてもきれいなのと、海岸が玉砂利なので波が寄せるたびにカラコロと音が鳴るのもいいんですよ。それから、神社やお寺も素敵。年に数回、島のみんなで掃除をするんですが、すごく神秘的ですがすがしい気持ちになるんです」
こうしたお気に入りスポットはあるものの、島暮らしの魅力は日常にこそあると田嶋さんは言います。
「草むらから急にキジが飛び出してきたり、夜はガマガエルがたくさんいたり。散歩中に知らない花が咲いているのを見つけたり。都会ではできない体験や、日常のなかにある小さな変化が、刺激にもなるしたくさんの気づきを与えてくれます」
そんな手島では、島民が自発的に草刈りや猪の見回りをしています。それは人口が少なくなっても島が荒れないように、こまめに手入れをして島の生活を維持していくためです。
「そういう小さな積み重ねが、今の美しい風景を作っているんだなと思います。手島の人口は、広島のおよそ10分の1。1人がやらなきゃいけないことは当然多くなるけど、それをみんな押し付け合うんじゃなくて自発的にやっているんです。神社の掃除も当然みんなで集まってやるし、落ち葉を掃いて『きれいになったね』って喜んで帰る。そういうところが、広島にいたときもですけど、島の人たちってすごいなと感じるところです」
手島を含む塩飽諸島では、かつて豊臣秀吉から拝領して栽培が始まったという唐辛子「香川本鷹」が栽培されています。一時は栽培する農家が激減してタネの保存が危ぶまれ、幻の唐辛子とも呼ばれていました。手島では、本鷹農家の高田正明さんが島で最後の1人になっても香川本鷹を作り続けていたおかげでタネが残り、現在は移住した若者の手で栽培が続けられています。田嶋さんは、そんな香川本鷹をテーマにした作品制作に取り組んでいます。
「あのきれいな赤色、そして香川本鷹の歴史もふまえて、自分なりに表現できたらと思っています。見た目の美しさと、つないでいく心の美しさ、温かさ。そういうものが描けたらいいなと思っています」
高田正明さんは2020年に亡くなりましたが、そのインタビューは今もインターネットで見ることができます。
「記事を読んでいると、やっぱり大変なご苦労をされたんだなってわかるんです。大変ななかでも、やっぱり種を残さなきゃいけないという気持ちで、お金儲けとかじゃなく、次の世代につないでいきたいという一心でやってらっしゃったんですよね。しかも高田さんはかつて、今私が働いている手島自然教育センターの管理もされていて、このセンターも『島の未来のかなめになる』とおっしゃっていたそうなんです。そういう言葉を記事で目にすると身が引き締まる思いがしますし、今自分がいるこの環境も、何百年も前の人たちから受け継がれてきたものなんだなと思います。絵でどう表現できるかわからないけど、本鷹の美しさと人の温かさ、そういうものを少しでも表現できたらいいなと思います」
田嶋さんがやわらかく鮮やかに島時間を描き出した作品は、「アートギャラリー」ページからぜひご覧ください。
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